ムネスケの『現代社会の理論』
つまり、情報は、自己目的的に幸福の形態として、消費のシステムを前提としない、人間社会の理論のいっそう原的な水準でいえば、それは有限な物質界を生きる人間に、幸福の無限空間を開く。正確には、幸福のかたちの創造の無限空間を開く。資源は有限だが、情報は無限だからである。マテリーは有限だが、イデーは無限であるからだ。
(p152)
イデーは無限だとてして、そのアクチュアリティは、”情報化する(抽象化する)技法、記法、つまり言語ゲームのルールを無限に刷新することができれば”という前提によって担保されているんじゃないのかしら。